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熊本地方裁判所 昭和50年(ワ)375号 判決

熊本市春日町五一二番地

原告

合名会社カネヤマ商店

右代表者清算人

山下鯛蔵

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

大歯泰文

永杉真澄

山田和武

田川修

村上久夫

清水正敏

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、一一二万八一一〇円及びこれに対する昭和五〇年九月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに担保を条件とする仮執行宣言。

二  被告

1  主文同旨の判決

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張及び認否

一  請求原因

1(一)  原告は昭和三九年八月一日から昭和四〇年七月三一日までの事業年度の法人税につき、青色申告の承認をえていたものであるが、御船税務署長福本正喜は原告の右事業年度の確定申告に対し、株式会社旭相互銀行田崎支店山下アサカ名義No.六〇普通預金期末残高五九万一〇五八円及び株式会社住友銀行熊本支店山下泰裕名義No.三五〇八八普通預金期末残高一二万三五五七円について、これを原告の法人取引による簿外預金であると認定した上、昭和四二年二月二八日付をもって、法人税額を一〇四万一三〇〇円(更正額より八七万三五一〇円の増額)とする再更正処分並びに過少申告加算税一四〇〇円及び重加算税二五万三二〇〇円の賦課決定処分(以下本件課税処分という。)をした。

(二)  そこで、原告は福本御船税務署長に対し、本件課税処分につき、前記各普通預金は原告代表者個人の報酬、給料、不動産収入と生活費支出との差額の蓄積であると主張して、異議申立てをしたところ、同税務署長は昭和四二年六月一日、「架空借入金を返済した様にして預け入れたり、または架空仕入、架空経費等の支払により預け入れる等その主張に信憑性がなく、生活費支出の状況よりみて生活剰余金よりなるものとは認められず、法人取引によるものと認められる。」との理由を付してこれを却下した。

そこで、さらに原告は同月三〇日熊本国税局長に対し、審査請求をしたがその裁決をまたないで、福本御船税務署長は昭和四二年一〇月二四日、昭和四三年六月一日、同月一一日の三回に亘り、本件課税処分による法人税等(但し、本税は増額分。)の滞納を理由に原告の電話加入権、建物および預金等の差押をした。

しかし、前記審査請求に対し熊本国税局長は、同年一一月二二日付で本件課税処分全部について取消の裁決をなし、右各差押も右裁決により同年一二月一一日にはすべて解除された。

2  ところで、本件課税処分及び前記滞納処分は、以下に述べるとおり違法な処分である。

(一) 前記各普通預金は原告代表者個人の報酬、給料、不動産収入と生活費支出との差額の蓄積であるのに、存在しない架空の株式会社旭相互銀行田崎支店を存在するとしあるいはありもしない架空借入金、架空仕入、架空経費等の事実があるとする等して、右各普通預金を原告の法人取引による簿外預金であると認定した違法がある。

(二) 原告は前記のとおり青色申告の承認を受けているものであるから、本件課税処分の通知書には、その更正の理由を付記しなければならないのにこれを記載しなかった違法がある。

(三) 本件課税処分が違法であることは前記のとおりであるから、これに基づいてなされた前記原告に対する差押が違法であることはいうまでもない。

3  しかして、本件課税処分に際し、その調査にあたったのは御船税務署員美濃田浩であるが、同人は調査に際し、十分な調査をしないで単なる推定により原告代表者個人には生活剰余金はなく、前記各普通預金は原告の法人取引による簿外預金である旨の資料を提供し、福本御船税務署長は右資料どおりに本件課税処分をなしたものであり、また原告の異議申立てによりその再調査にあたった御船税務署員中村日義も前記美濃田同様十分な調査をしなかった。

しかしながら、本件課税処分をなすには担当職員において十分な調査を遂げるべき職責を有することはいうまでもなく、そうすれば原告の前記主張のとおりの事実が明らかになったと思われるのに、前記御船税務署長、同署員らがこれを怠って本件課税処分に及んだものであるから、本件違法な課税処分は同人らの故意または重大な過失に基づくものである。

4  以上のとおり、本件課税処分及びこれに基づく滞納処分は違法であるが、これは国の公権力の行使にあたる公務員である前記御船税務署長、同署員らがその職務の執行としてなしたものであって、これを行うについて故意または重大な過失が存したことは明らかであるから、被告はこれによって原告が被った後記損害を賠償する義務がある。

5  前記のとおり、原告は福本御船税務署長から、本件課税処分に係る本税八七万三五一〇円、過少申告加算税一四〇〇円及び重加算税二五万三二〇〇円合計一一二万八一一〇円について、原告の電話加入権、建物、預金等の差押を受けた。そのため、原告は本件課税処分及び滞納処分等に関し、友人、知人及び税理士に相談し、その対策を検討したが、それに相当多額の旅費、宿泊料等の費用を要したばかりでなく、精神面で多大の苦痛を被った。

右諸事情による慰籍料としては、本件課税処分により違法に賦課された一一二万八一一〇円が相当である。

6  よって、原告は被告に対し、一一二万八一一〇円及びこれは対する訴状送達の日の後である昭和五〇年九月三〇日より支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。同2、3の各事実は否認する。同4の主張は争う。同5の事実のうち、原告主張のとおり差押がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  既判力に関する被告の主張

1  原告はさきに被告を相手方として熊本地方裁判所に対し本件において原告が主張するのと同一の事実関係に基づき、原告の昭和三九年事業年度の法人税について御船税務署長がなした再更正処分及び差押が違法であり、これら違法な処分は公務員の故意又は過失に基因するものであるとして、その結果原告が受けたとする損害三六万三六一〇円(財産的損害三万二六一〇円、慰籍料三三万一〇〇〇円)の損害賠償請求の訴を提起(同裁判所昭和四四年(ワ)第一九三号・第五四一号損害賠償請求事件、以下前訴という。)し審理されたが、同裁判所は請求棄却の判決をなし、原告の控訴(福岡高等裁判所昭和四六年(ネ)第六二二号損害賠償請求控訴事件)に対しても審理の結果控訴棄却の判決がなされ、さらに、原告の上告(最高裁判所昭和昭和四八年(オ)第三一号事件)に対しても、審理の上昭和四九年五月三一日上告棄却の判決が言渡された。

2  その結果、右各判決は確定した。

したがって、右前訴と訴訟物が同一である本訴請求は前訴の既判力に抵触し許されない。

四  被告の主張に対する原告の認否及び主張

1  被告の主張のうち、1は認めるが、2は争う。

2  原告は前訴の上告棄却後、前訴の控訴審である福岡高等裁判所に再審の請求をなし、右請求は棄却されたが、現在最高裁判所に上告中であるので、前訴の各判決は未だ確定しておらず、被告の主張は理由がない。

理由

一  既判力に関する主張について

被告の主張1の事実は当事者間に争いがない。

原告は、右前訴の控訴審判決に対し再審の訴を提起し現在係争中であるので、前訴各判決は未確定である旨主張するが、上訴が許されない上告審判決はその言渡と同時に確定するから、最高裁判所が昭和四九年五月三一日上告棄却の判決をなしたことにより、前訴各判決は確定したのである。再審の訴は、確定した終局判決に対し一定の再審事由の存在を主張して、その判決の取消と事件の再審判を求める制度であるから、再審の訴を提起したからといって判決の確定が左右されるものでないことはいうまでもない(民訴法四九八条参照)。従って、原告の右主張は理由がない。

前訴と本訴とその訴訟物が同一であることは前示当事者間に争いのない事実により明らかである。従って、本訴において、原告の被告に対する損害賠償請求権が存在すると判断することは、前訴の確定判決の既判力に抵触してこれをなすことはできないのであり、この点に関する被告の主張は理由がある。

二  よって、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀口武彦 裁判官 玉城征駟郎 裁判官 山口博)

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